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映画レビュー:No.679 リメンバー・ミー(原題「Coco」)

リメンバーミー
105分 / アメリカ
公開:2018年3月16日
監督:リー・アンクリッチ
声の出演:アンソニー・ゴンザレス
ガエル・ガルシア・ベルナル
ベンジャビン・ブラット
アランナ・ウバック
レニー・ビクター







ネタバレはありません。




その昔ポケットの中で蓋が外れてウォークマンをべちょべちょにされて以来ヘイトしていたリップクリームの力を借りなければいけなくなったほど最近は乾燥に勝てない。

▼去年死んだ母方のじいちゃん
去年じいちゃんが死んだ。
じいちゃんは古い時代の家父長制を絵に描いたような人間で、どちらかと言えばクソジジイだった。
母姉妹は理不尽な家庭環境をバネに正しく優等生に育ち、順当にエキソダスに目覚めていったという話をよく聞いた。評判と言えば大体が欠席裁判だった。
僕の記憶上でもいつも酒を飲んでいて、怒っては親戚の団らんに水を指した。「よおわからんけど!」が口癖だったけど僕からすればじいちゃんが一番よくわからなかった。

二年ほど前からじいちゃんの認知症が進み、うちやおばさん一家が支えなければいけなくなった。
毒が抜けたように幼児退行するじいちゃんは哀れだった。僕のことはおろか実の娘の母さんのこともわからないなんて事も多かった。
ただばあちゃんのことだけは忘れなかった。

気難しいじいちゃんの事がばあちゃんはなぜか大好きだった。
入院していまわの際をさまようじいちゃんの枕元でずっと「お出かけできなくてもいいから家に帰ってまた一緒に暮らそうね」と話しかけてた。出棺の時には「また一緒になろうね」と言った。
最後ボケボケだったじいちゃんも、意識を取り戻したらばあちゃんを呼んだらしい。二人には僕の知らない人生があるんだと思った。よくわからんけど。

みんなさんざん嫌いと言っていながら葬式はなぜかとても悲しくてなんだかズルいと思った。
「よおわからんけど!」と怒鳴り散らすじいちゃんに「また始まったよ」と呆れ笑いする親戚一同という遠い日ばかりを思い出した。
この映画を観てじいちゃんの頑固さや偏屈さの裏側にあるどうしようもない不器用さが少しだけわかった気がした。じいちゃんなりのコミュニケーションは一族郎党を傷つけ続けたけど、僕たちは結局じいちゃんを忘れることが出来なかった。だから悲しかったんだと思う。

僕は形見分けでじいちゃんのクラシックギターをもらった。じいちゃんの前で一度だけ弾かせてもらった時「全然なってない」と言われた。
そんなことを思い出して映画を観ながら泣いてしまった。悔しいかな、もう少し色んな話をしたかったと思った。

▼ここからが映画の感想~家族と音楽という選択に対するパーソナルな解答
映画は序盤、家族か音楽か、という非合理な二択を主人公に突きつける。
いかんせん僕も大概の人と同じように大事な家族と好きな音楽が両立している至って健全な人生だったので、例え物語内の価値観であってもどっちか選べという話だったら嫌だなあと思った。
そこについて一般論ではなく個人としての解答を示していてとても良かった。

▼よく出来た脚本~エンターテイメントとして無駄のない構造
脚本の流れがとても良くできていて普通にめちゃめちゃ面白かった。物語が今何を争っているのか場面の行動原理が全く途切れないし、その中で伏線になる人物のバックボーンまできちんと描写しきってしまう無駄の無さが作品の娯楽性を最大限円滑に機能させている。
わからないところが一個もないし、常に話が進むから面白い。みんな成長するし、勧善懲悪というエンターテイメントの構造もきちんとある。もちろん歌も絵もとても良いんだけど、それは今更ピクサー作品に言うまでもないっしょ。

▼頭空っぽで楽しめるエンターテイメント~勧善懲悪のカタルシス
映画は中盤に世界が反転して真の悪が登場する。これが笑っちゃうくらい悪いやつで少年に対する仕打ちとしてはかなり残酷な展開が待っている。主人公は信じていた音楽に裏切られる。
まあそこからの伏線回収とか少し考えればわかりそうなもんなのだけど、僕はバカなので「これは辛いな。音楽を嫌いにならないでほしいな。」と主人公の境遇に結構落ち込んだし「良かった良かった!じゃああいつぶっ飛ばしに行こう!」って素直に盛り上がった。
全然頭使わないで観ていたせいもあってやたら楽しんだ。

最後は映画のカタルシスと実人生とが綯い交ぜになって、エモーションが穴という穴からぶりぶり溢れた。
「死」は悲しいけれど、だからといって決して人生のバッドエンドではない、ということをよく思う。
想いを託されて残された僕たちは生きていく。それを大切にしたい。

★★★★★★★★ / 8.0点


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