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映画レビュー:No.681 ダウンサイズ(原題「Downsizing」)

ダウンサイズ
135分 / アメリカ
公開:2018年3月2日
監督:アレクサンダー・ペイン
出演:マット・デイモン
クリステン・ウィグ
クリストフ・ヴァルツ
ホン・チャウ







この記事はネタバレを含みます。ご了承ください。




割といつでもブログがバズってほしいと思ってる。

▼ミーハーな主人公がダラダラどん底生活をする序盤
主人公のマット・デイモンが第一声からミーハー根性丸出しで「だめだこりゃ」って感じのそこはかとないユーモアをまとってる。
彼は資本主義的価値観でしか人生の豊かさを測れない空っぽな人間で、常に成功や名声に憧れを示す。
手に職つけて働いていた割には特にやりがいを感じているわけでもなく、一回信じていた価値観が破綻してしまうと後には何も残らない。
彼が序盤に受ける仕打ちはそれはまあ可哀想ではあるんだけど、そこから立ち直るために必要な「これが俺だ!」という拠り所が無いから結構ダラダラどん底生活が続く。
個人的にはもっと小さくなることの利点や弊害という設定の面白さを描いていくのかなと思ったのだけど、意外とぽんぽんドラマが進むんで物語がどこに向かっているのか中々見えてこない。

▼アレクサンダー・ペインの描く「人生の限界」~そこから先に何が見えるのかという話
宇多丸はアレクサンダー・ペイン作品の持つ一貫したテーマ性を「人生の限界」と評していて、それはこの映画にももれなく当てはまる。
彼は目指していた幸せの絶頂で無情にも明るい未来は空手形だったと突きつけられ、図らずも人生をスクラップアンドビルドしないといけなくなる。
一度全部失って最底辺から始め直す主人公を通じて、じゃあ豊かな生には何が必要なんでしょうか?ということをこの映画の描いている。

僕はそれは「愛し愛されること」と「自分は社会にとって必要な存在なんだという実感」の2つだと思う。
つまり他者を通じて自己を実感する世界の在り方ということ。平たくいえば一人では生きていけない、ということ。
主人公はステータスというものにコンプレックスがある。金持ちだとか、偉大であること、オンリーワンであることへの憧れを持ち続けている。
クライマックスは主人公自らノアの方舟に例えた計画に乗っかるのかどうかという展開なのだけど、選ばれし人間になったつもりの主人公が「このままでは自分は一人ぼっちだ」という現実に気づく伏線回収として何気ない一言がストンと主人公の気づきを引き出していてめちゃめちゃ感心した。

▼ヒロイン像について
「お前がヒロインかよ!」というヒロイン像も既存の価値観に自閉しないというペインの大人な視線を感じる。
彼女は何もわかってなさそうに見えてしっかり世界の歪みと向き合っている。無気力で自虐的な主人公に対して現実的だけれどポジティブな行動原理を持つ女性がグイグイ引っ張るという構図は、いつまでも腐ってる主人公に頑張れと思う観客の気持ちに応えてくれるようで楽しい。

▼若干盛り上がりに欠ける構成と薄味な話運びの印象
大きな盛り上がりではなく小さな展開を連ねるような構成を取っているので全体的に起伏に欠ける手触りは少し残る。前述したヒロインの華の無さも、悪く言えば物語を平板にしている。
中盤に差し掛かってもまだ新しい情報が出てくるように、タイムスパンの長さによる展開の因果関係の弱さとどういう方向にも行けるという自由度が映画をやや散漫にしてしまっている感じもする。
ペインお得意のロードムービーの場合なら新しい場所や新しい人物に出会ってエピソードが展開することが自然な流れとして受け入れられるけど、この映画の場合展開的な必然性が弱いのでそこもそういうもんだというリテラシーの調整が必要になってくる。
それは別にそれ自体が良いとか悪いとかというものではないけど、世界観の面白い部分が100%引き出せているのかというと正直風呂敷と内容が釣り合っていない感覚はある。

主人公は最後に自分が何者かを自覚する。
確かにあの頃思い描いた人生では無いかも知れないけれど、でもそれで良いんだよと、相変わらずペインの作品が描く肯定は甘くて苦い。

★★★★★★★ / 7.0点

ちなみに作品描写とはあんまり関係ないから最後に書くけど、スモールサイズのリアリティ描写は随所に異化効果のような手触りがあって面白かったのだけど、雨の描写だけあれで正しいのかなって思いました。雫がでっかくなるんじゃないか?
あと物語的に別に必要のないドラッグ描写に笑った。



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