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映画レビュー:No.707 モリーズ・ゲーム

モリーズゲーム
140分 / アメリカ / PG12
公開:2018年1月5日(日本公開:2018年5月11日)
監督:アーロン・ソーキン
出演:ジェシカ・チャステイン
イドリス・エルバ
ケビン・コスナー
マイケル・セラ








足底腱膜炎が痛くて夜な夜なタオルを足の裏でニギニギするというストレッチに勤しんでいる。

▼アメリカ対モリー・ブルーム~父権の抑圧と成功へのオブセッション
父権の抑圧と成功へのオブセッションというとてもアメリカ的なコンプレックスと戦ってる主人公といえば、最近だと「アイ、トーニャ」も同じところから出発している作品だった。(あっちは母親だけど)
やっぱりトランプ政権以降でポストナショナリズムの空気が強まってきているということなのかな。

▼アーロン・ソーキンの描く主人公像
本作の場合は前述したようなアメリカ社会の一種の被害者だった主人公がなぜ加害者の側になってしまったのかというところから始まるミステリーの構造を取っているのだけれど、主人公のここに至るまでを明かしていく中で社会的レッテルが人間的動機に塗り変わっていく、簡単に言えば主人公が血の通った人間に見えるようになっていく話の持っていき方がとても良かった。
アーロン・ソーキンの書く話は常にそういう主人公像なんだけど、本作もずっと耐えてきた主人公の仮面にヒビが入って感情が溢れ出すところにまんまとグッとくる。
抑制の効かせ方が本当に上手いし、自身が監督してもさすがそこの良さはよくわかった構成を取ってるね。

▼アーロン・ソーキン脚本の情報量
主人公の主観のモノローグで進む構造を取っていて常に本音を隠すような語り口。彼女にとって見せたい自分だけを見せるような作りで、その証言の矛盾や彼女の話していない部分を映像で詳細に描いていく。
そうやって観客だけが一歩先んじて事実を把握する構成なのだけど、セリフ量や時制捜査、虚実のレイヤーの多層さと相変わらず一段と集中力が必要なアーロン・ソーキンの情報過多な脚本に頑張ってしがみつくような映画。

▼自立した女性と愚かな男性~その先で描かれる性差を問わず学ぶべき本当の強さ
彼女は自分の人生を自分でコントロールするために戦っているのだけど決して奪う側に回らない。
根底に欠落を抱えながらそれゆえに優しくて、まあだからこそ不幸になってしまうという皮肉な話。
非常に一面的でシンプルなレッテルを貼ろうとする社会や常に女性性を消費し搾取する人間が彼女の前に立ちはだかるのだけど、あえてそこに乗っかってでも自分の人生は自分で決めるという主人公の選択はとてもかっこいい。

自立したたくましい女性と嫉妬深く愚かな男たちという、本当にその場を取り仕切ってるのはどっちなのか一目瞭然なのだけど、そういうパワーバランスで振りかざされるマチスモのダサさよ。
物を与えるのではなく権利を認めること。この映画の父の変化に作り手はアメリカの良心を託したかったのかなと思うし、今の社会も男性が気づいて変わっていかないといけないことばかり。
バカに付ける薬はないってところから底が抜けてようやくバカをバカだとわからせられるような社会になってきたのは良い傾向かもしれないけど、まあそういう話にカタルシスが生じているうちはまだまだなんだろうね。

クライマックスで冒頭の事故のシーンの直後を映すところに全てが詰まってる。
成功とは意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すこと。失敗しない人はいない。転んでも立ち上がることが本当の強さだと思う。

★★★★★★★☆ / 7.5点

↓あと拍手下さい。別に押してもお金取られるとか無いので。
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