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映画感想:No.1051 静かな雨

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99分 / 日本
公開:2020年2月7日
監督:中川龍太郎
出演:仲野太賀
衛藤美彩
でんでん
三浦透子
萩原聖人
川瀬陽太
村上淳
古舘寛治
河瀬直美



この感想は途中からネタバレを含みます。直前に注意喚起が入ります。ご了承下さい。




▼いつの間にか今の自分になってしまった人
冒頭で主人公の纏う得も言われぬ孤独感からグッと惹きつけられてしまった。何の説明もない時点からただ事ではなく胸を締め付けられるのは、これが中川龍太郎監督の映画だからだと思う。
主人公が足を引きずりながら歩く姿にはずっとこうやって生きてきたのだろうという時間の蓄積を感じる。言葉にできない感情が心に積もっていつしかそれが自分自身になってしまった人物で、それはとても中川監督作品の主人公らしい。
人は普通に生きていればわざわざ「俺は人より幸せじゃない」とか「孤独を抱えてます」とか言葉にすることはない。そんなことを言う相手もいないし、機会もない。何より言葉にしたところで多分伝わらない。
でも僕はこの気持ちを知ってる。だからそれを映画という形で届けてくれる中川監督の作品が好きなのだと思う。本作も「これは俺だ」という瞬間が本当に沢山あって、物語が描こうとしていることに心を揺さぶられて仕方がなかった。
作品を観れば観るほど中川監督の映画が好きになる。とても個人的な部分で共感しているので人に勧めるのは中々難しいんだけど、彼の映画に心を救われてる。

▼リアリティとフィクションのバランス
繰り返しの毎日とそこにあるちょっとした変化、それによって人物の心がどう動いているのかを即物的な描写の中で繊細に描き出していく演出と語り口がとにかく素晴らしい。
全体として寓話的な世界観の物語なんだけど、その中で生きる一人ひとりの登場人物たちは細かなセリフや設定によって確かに生きている人間の実在感を感じることができる。
例えば音楽のバランスが象徴的で、極めて日常的な、何なら物語であることを忘れてしまうような場面に対して音楽が一つフィクションらしい浮遊感を加えていて、常に″物語″であることの意味が発生している。
このリアリティとフィクションのバランスがずっと重層的な手触りを残す。とても映画的な奥行きだと思う。

▼主人公から見える世界〜スタンダードサイズの画面
足が不自由な主人公の生きている狭い世界をスタンダードサイズの画面でも表現していたり、細かい演出の中に彼の抱える閉塞感や孤独が立ち上がる瞬間をいくつも見つけることができる。
そうやってあくまで映画的な方法論で感情を見せるところが素晴らしいのだけど、逆に説明的な回想などは使わないし、外観のショットなどもなく常に現在進行する主人公の時間だけを映し出す。
一箇所だけ序盤にヒロインこよみさんの視点になる「河原を歩く」という場面があって、それは終盤主人公が彼女を追いかける場面で伏線的に回収される。
その場面は主人公が他者に対する想像力の入り口に立つ重要な場面で、こよみさんのパーソナルな領域に主人公が追いついてそこからカメラがフワッと浮遊してミクロからマクロへ、画面としても大きな世界を捉えるところにグッと来た。



ここから大きなネタバレ含みます。




▼「相互理解」と「わからなさ」
同僚の女性や上司の教授、もしくはたい焼き屋の常連さん、彼女の元カレなどこの映画の登場人物は全て主人公ユキスケの目に見える範囲でしか人間性を想像できない。
それは現実を生きる僕たちと全く同じで、誰にだって自分の知らない過去や、まだ知らない側面がある。人は自分のちっぽけな想像、先入観なんて軽く踏み越えてくる。それが面白いし、だから人のことを知るのは楽しい。研究室の人たちとの会話も一つ一つがとても味わい深くて心に残る。
その最たる象徴が事故によって短期的な記憶が出来なくなるというヒロインのこよみさんで、深まっていく相互理解と同じ歩幅でそれを共有できないジレンマという普遍的な人間関係のあり方が映画的設定に置き換えて描かれる。

▼「時間」という一人ひとりの持つ物語
本作も含めて僕が観た中川監督の作品は全て「時間」という要素が物語的に重要な意味を持っている。
この映画では時間というものを人それぞれに持つ固有の物語として解釈していて、そういう自分にしかわからない領域にあるものを僕たちはコミュニケーションと想像力によって何とか部分的に共有して生きている。
同じものを見ても違う感じ方をしたり、同じ場所にいても違うものを見たり、僕たちは本質的には同じにはなれない。ただしそうやって自分の知らない相手の過去や、自分に見せていない相手の側面に想像力を持つことでちょっとずつ世界は豊かになる。
「記憶は考古学に残らない」というセリフも心に残る。じゃあそれは何なのかって言うと、今目の前にいる「自分」や「あなた」なんだよ。僕たちは全員、一人ひとりの記憶や時間の蓄積で出来上がってる。
だから中川監督の映画は常に「今」を映し続ける。

僕たちは真実の全てを共有することはできない。でも共有できないことを共有することができる。それが多様性であり、寛容さであり、共に生きるという事なんだと思う。
心を鷲掴みにされた。本当に素晴らしかった。

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