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映画感想:No.1053 シャドウプレイ(原題「風中有朶雨做的云 The Shadow Play」)

シャドウプレイ
125分 / 中国
日本公開:2020年2月頃
監督:ロウ・イエ
出演:ジン・ボーラン
ソン・ジア
チン・ハオ
マー・スーチュン
チャン・ソンウェン
ミシェル・チェン




この感想はネタバレを含みます。ご了承ください。




紅桜が逮捕されたことについて「裏切られた」的な事を言ってるやつがいて爆笑してしまった。

▼社会と個人の在り方を裏表で映す手触り
資本主義によって分断される個人を描く物語で、表面的なミステリーの構造の向こう側には社会の抱える問題が横たわっている。
都市開発事業と利権という社会構造の歪みの中で、それを利用し、搾取する立場の人物たちの関係性が描かれる。「自分は何者なのか」という問いが社会的立場と不可分な人物たちという点では前作『ブラインド・マッサージ』における社会と個人の関係性にも通じるものを感じる。
本作ではそうやって社会を利用する側に立つ人たちが、内包している歪みや価値観の構造的限界でそれらを清算しないといけなくなる。そういう個人の抱える関係性の限界が暴動という社会的なカタストロフと重ねて描かれる冒頭からグッと引き込まれる。「終わりの始まり」の予感がプンプンに漂うミステリーノワール。

▼物語の複雑な視点
序盤から時系列操作の演出がとにかく複雑で久しぶりに「このペースで頭使ってたら途中で集中が切れる!」と思って物語の脳内処理を単純化した。
容疑者探しと人間関係というミステリーとしてのセッティングを描く段階からかなり情報が入り組んでいて、中々一貫した解釈も持たせてくれないしこっちが考えている間にも物語はグイグイ進む。
実は撮影的には序盤からしっかり物語の力点を示していて、誰の目線かわからない異なる時系列のシークエンスや冒頭の全体を俯瞰するドローン撮影など、個人の目を通じて謎を解き明かすことよりももう少し客観的に場所に流れる物語を見つめる作品。

▼映画的な方法論で過渡期を映す物語
物語にとって重要な部分も特に探偵目線からの謎解きではなく明らかになっていくので、ジャンル映画的な要素はあくまで物語の推進力を生むギミックとして使われている印象だった。
どちらかというと過渡期のヒリヒリした空気に生きる人たちがなんとか自分たちの時代にしがみつこうとする醜悪さや悲哀をどこか冷めた目で見つめている。
だから世代という概念がキーになる物語で、その意味で納得感のある落とし所。
ロケーションについてロウ・イエ監督自身がQ&Aで5分歩くだけで現在の街並みと30年前に取り残されたような廃墟を行き来できる場所と行っていて、その時間から取り残された場所の歪さをとても映画的に切り取っているし、そういう縦断的な感覚を映画としても再現しようという試みは言われてみると確かに映画の内側にも刻まれていると思う。

とても面白かった。
ロウ・イエ監督は最新作の『サタデーフィクション』も楽しみだ!!
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