FC2ブログ

映画感想:No.1054 春江水暖(原題「Dwelling in the Fuchun Mountains」)

春江水暖
154分 / 中国
公開:第20回東京フィルメックスコンペティション部門にて上映
監督:グー・シャオガン




この感想はネタバレを含みます。ご了承ください。




▼パーソナルな物語をロングショットで映す物語
横、もしくは奥行きを使ったゆっくりと移動するロングショットの長回しが特徴で、血縁、世代間の価値観の違いというパーソナルな事情を描きながらより俯瞰した視点から全体を映す手付きが強い。
人物のクローズアップはほぼなく、全てを大きな流れの一部として捉える物語。劇中でも山水画についての言及があるけれど、土地を写し撮ることで見えてくる物語を絵巻物のように映像的に体感させるアプローチが面白かった。
2時間半のラストに「第一部 完」と出て館内がザワついたのだけど、監督自身は10年というスパンで杭州という街を映画として残す構想を持っているらしく、意図的に「時代」と「市井」を切り取る意識があることが伝わる。

▼持続する時間を映画的に体感させる撮影のアプローチ
撮影の一枚絵的な美しさがずっと途切れない。撮影強度がとにかく素晴らしくて、何でもない場面でも常に難しいことをやっている。
ただの会話の場面でも計算された動線とカメラアングルで持続する時間、地続きの空間を捉えるように場面設計している。
どこまで計算なのか不思議になるくらいなのだけど、この神の視点のようなカメラワークが雄弁にテーマを語っていてとても印象に残った。

▼土地の物語
内容的にも保守的思想からのエキソダスという世代間の対立や変わりゆく価値観への順応と戸惑いという、人々の在り方から時代の前進を描く物語。
前の世代を必ずしも悪いものとして捉えるだけではなく、杭州という場所に根付く伝統や文化の美しさを今日まで残してきた存在として敬意も感じる作り。
その上で時代に取り残される人々の黄昏や喪失、都市開発など変わりゆく土地とそこに生きる人々の刹那を映す。
気がつけばいなくなった人もいるし、戻ってくる人もいる。そういう無数のリアリティでその土地が出来上がっていることが伝わる物語。

▼一貫性したアプローチの持つ意味
監督はエドワード・ヤンやホウ・シャオシェンに影響を受けたとのこと。
場所とそこに生きる人々を通じて時代を映し出す手付きは確かに同じ匂いがあるかもしれない。
ただし意識として伝統をどう今の文法でアップデートするかという部分にとても強い関心があったようで、そのアプローチとして独特な映像文法に辿り着いたというのも面白かった。
個人的には構成としてもう少しメリハリがあったほうが一本の映画としての完成度は高まったと思うのだけど、一貫することでコンセプトはより明確になっているし、作品を通じた主張としては一つの正解だとも思う。
この絵巻物のような形でこの先10年杭州という都市を記録したいという構想があるらしい。それを聞くとよりこの映画の土地の切り取り方が腑に落ちる。

ちなみに場内には東京国際映画祭プログラミングディレクターの矢田部さん、アップリンク代表の浅井さんがいた。浅井さんは質問もしてたな。市山さんが指名したあと浅井さんだと気づいてびっくりしてたのが面白かった。
映画祭らしい「作品を発見した!」という充実感が溢れる上映後の空気がとても良かった。

関連記事
スポンサーサイト



Comments 0

Leave a reply