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2017

映画レビュー:No.526 夜は短し歩けよ乙女

夜は短し歩けよ乙女
93分 / 日本
公開:2017年4月7日
監督:湯浅政明
声の出演:花澤香菜
星野源
神谷浩史
秋山竜次
中井和哉








この記事はネタバレを含みます。ご了承ください。






例えば終電の最寄り駅で数年ぶりに見かけた昔憧れた高校の先輩は男と仲良さそうに腕を絡ませてた、としよう。例えばそん時に俺が唯一持っている既得権益が核ミサイルを発射するスイッチだったとしてそれをいかなる形でひけらかしてもその先輩との状況はさして変わらないかむしろたちまちに悪化の一途を辿ると思うわけ。つまり核なんてものは何の役にも立たないって話よ。

▼「イマジネーション」という作家的力量
その昔ノイタミナ枠で放送されていたレギュラーアニメ「四畳半神話大系」と同じ座組。つまり間違いないやつ。

とにかく湯浅監督の作品を観ると「イマジネーション」って言葉が浮かぶ。岩井俊二監督の「花とアリス殺人事件」を観た時も似たような事を少し思ったけどアニメーションってのは「何となく」とか「たまたま」では絶対に成り立たない。たとえ監督がピカピカのイメージを持っていても分業された制作現場でそれを余さず伝えられて初めて形になるという凄く具体的でロジカルな製作工程を要する。
人は「狂ってる」と簡単に言うかもしれないけどその領域にロジカルにしか迫れないアニメという表現においてそこには半端じゃない技術と研鑽の集積がある。驚きと面白さが表裏一体でそれが際限なくドライヴしていくのがひたすら楽しい。

▼湯浅アニメの面白さ~リアリティとは真逆の自由さ
アニメがどこまでの「自由」を許容するのか意識的に挑戦しているようで、反則もどんどん作劇に盛り込む。
それ比喩表現だから!ってこともいちいち映像にしてみせたり、メタで俯瞰したセリフを登場人物に言わせたり、割としょっぱなから話のリアリティなんてのは一億光年くらい彼方にぶっ飛ぶんだけど、映すだけで否応なくリアリティが立ち上がってしまう実写に対してアニメーションはリアリティから遠ざかる事で生まれる荒唐無稽までも許容するという事をちゃんと映像的に示してくれるから凄いと思う。
虚を描きこむ事でのみ立ち上がるアニメーションならではの実って言うか、アニメならではのマジックリアリズムのような感じ。

▼雑感と難癖
超一瞬映るヒロインのプロフィールに「ラム酒とジャッキー・チェンをこよなく愛する」とあってどれだけ好ましいんだこの子は!とロマンチックエンジンが点火した。
パンツ総番長の恋愛の顛末はそんなこったろうと思ってたけどだとしたら尚更もっと前に言ってやれよと思った。
ヒロインが最後にコロッと恋愛スイッチが入るのは割と取ってつけた感があったし、あんな卑小な主人公の童貞臭い作戦に結果的にまんまとひっかかってしまった形なのが個人的にいけ好かなかった。というか恋愛成就でハッピーエンドは単純にちょっと薄っぺらいからそこは鈍感でいても良かったように思う。

アジカンは大まかにオープニングっぽい曲とエンディングっぽい曲の二つに別れるけど、これは超いいね。超いい。
音が青いんだよな。バンドって感じ。アニメってのも"画"が青いジャンルだからマッチするのかもしれない。
もちろんそれが表現自体の幼さや拙さにはならないってのが大人で良いよね。

★★★★★★★★☆ / 8.5点


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