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2017

映画レビュー:No.531 人生フルーツ

人生フルーツ
91分 / 日本
公開:2017年1月2日
監督:伏原健之
出演(ドキュメンタリー):津端修一
津端英子







この記事はネタバレを含みます。ご了承ください。




一回メロを聴けば何でもハモれるってのが特技。

▼作品と観客の間にあるもの
東海テレビのドキュメンタリ映画企画の新作。11本目らしい。前作がヤクザと憲法でこのシリーズはソフト化する予定は無いとのこと。
野菜を作って、料理を作って、何でも作ってしまうすげえおじいちゃんとおばあちゃんの映画。年金月30万と実は結構な金銭的基盤があるけど映画に映る彼女たちからは金の匂いが一切しない。劇場の平均年齢がかつて無いほど高く上映後には色んな所から「いいわねえ」「でもあたしはあんな風に自転車に乗ったりできないわ」「あたしも寝てばっかりよ」といい感じにゆるい感想が聞こえてきた。

被写体となっている津端さん達が何かに対する不平不満や文句、声高な主事主張を言わないのが良かった。ただ生きてる。まあ僕は流石にここまでのスローライフはあんまりリアリティないとは思う。資本主義的価値観から脱却しようにもこういう生活だって金銭的な余裕は必要だし完全に社会と接続しない事はありえない。そこを勘違いするのは逆に危ないなと思った。
ただ少しだけ今の生活を純化したい気持ちにはなるね。物が多すぎるし、便利ということにも頼りすぎてる。人間関係にしてもライフスタイルにしても何が無駄で何が大切か考えるキッカケになった。

▼「物」と「想い」~「もらって、渡す」という日々の営み
津端さん達を見てて思うのは「物」を通じて「想い」こそが脈々と繋がっているんだという事。もしかしたら全てのクリエイティビティは誰かから受け取ったものを誰かに渡すという作業なのかもしれない。津端さん夫婦を通じてばあちゃんや母さんが僕に与えてくれた愛情の深さを感じる。
高校の昼休みに弁当箱を開けたら毎日違う弁当が入っていた事、遊びに行ったらばあちゃんがいつも嬉しそうに迎えてくれた事、バスケはよく知らないのに僕が出れるかわからない試合の応援に来てくれた事、実家がいつもキレイだった事、いろんなことを思い出した。
もらって渡す。僕もそのサイクルにおいて何かを残せる人間になりたいなあ。今は妻でも子供でも与える対象を探している段階かもしれない。

▼トークショーの様子~印象的だった監督のスタンス
僕が観た回は上映後に監督の舞台挨拶があったんだけど「こういう作品を若い人が撮るのは素晴らしいと思う」って涙ぐむおばあさんに「僕はあんま何も考えずにカメラ回してただけなんで...」ってめっちゃドライなこと言ってて笑った。まあちゃんと聞いたら撮ってるだけで面白い夫婦だから作家的主張は入れずに観る人の感じ方が開けた作りにしたって話だったんだけどね。でも観客と温度差あってあんま無いテンションのトークショーだった。笑
映画自体メッセージは無くて一種のファンタジーとして楽しく観てほしいということを言ってた。もちろんその上で観客それぞれが感じることっていうのが作品の正解なんだと思うとも。
だからなのか映画としては少し淡々としてるので眠くなったりする場面もあるかなと思う。集中力に波がある人などは映画を掴むまで時間がかかるかもしれない。僕も観ながらどんどん面白くなっていった感じだった。

★★★★★★★☆ / 7.5点




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