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2017

映画レビュー:No.541 ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス(原題「Guardians of the Galaxy Vol. 2」)

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーリミックス
136分 / アメリカ
公開:2017年5月5日(日本公開:2017年5月12日)
監督:ジェームズ・ガン
出演:クリス・プラット
ゾーイ・サルダナ
ブラッドリー・クーパー(声の出演)
ヴィン・ディーゼル(声の出演)
デイヴ・バウティスタ
マイケル・ルーカー
ショーン・ガン
カレン・ギラン
ポム・クレメンディエフ
カート・ラッセル
シルベスタ・スタローン






この記事はネタバレを含みます。ご了承ください。





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前作で散々グッズに散財してしまって、とくにFunkoに関しては置くとこないし新作のコスチューム違いってだけで同じキャラの買ってもしょうがないしもう絶対買わないぞ!と財布の口をセメントでまつり縫いする覚悟で断固たる決意を固めたのだけど、いざ新作を観たらジョン・ウィックばりに今にも封を解かんとする自分がいる。
困ったもんだ。


ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス。公開初日にTOHOシネマズ新宿でIMAX3Dをキメた。
初見で3Dはギャンブルだったしチケットの予約で後手を踏んだ事もあってベストより2ランクくらい劣る席での鑑賞になってしまったけど結果から言えばこの賭けには勝った。3D演出がとっても楽しい映画。次はいよいよ4Dデビューか!?

▼ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの何が好きかって話
何を隠そう前作ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーは僕の2014年年間ベスト1。あの映画の好きなところを上げだすと映画の上映時間では済まないのでやめておくけど、一つはセンス・オブ・ワンダーや正攻法のストーリーテリング、つまり子供から大人まで誰が観ても面白い映画を恐れず志している作り手の気概に胸を打たれたことが大きい。一応「感想は人それぞれ」なんてファッキン口うるさいアンチ多様性を尊重して「達成してる」みたいな一般的評価を断定する言い方はしないでおくけど、要するに僕は大好きなんだよ。
特に「勧善懲悪」とか「友情」とかを描くのにフィクションってのはここまでの破天荒を、ここまあでの行儀悪さを許容するんだぜってスタンダードという型を目一杯広げて新しい魅力的なキャラクター、面白い物語を作り上げてるところにいつも感動するし勇気をもらう。
前作はタイトルが出たところで「俺はまだ映画でこんなにワクワク出来るんだ!」ってすでに号泣する有様だった。笑 まあそのあたりの感慨は本作でも変わらずにあって、オープニングクレジットのシーンで「俺は今...ワクワクしているっ!またあいつらに会えて嬉しい!」ってポロポロ涙を流してグズりだす始末でした。ははは。
そういう、エンターテイメントが逃げずに描くべき"正しいこと""当たり前に大事なこと"ときちんと向き合うってのはとても大事だよ。ストレートなテーマを鼻で笑うような人は今時沢山いるしそれには映画を含むフィクションがポストモダンとかアンチカタルシスの方向に活劇の軸を見出し始めた影響も少なからずあると思うんだけど、だからこそこうやってもう一回真っ当なテーマを真正面から描ききる役割がメインストリームの映画にはあると思う。
これから色々書くけど僕が言いたいのは「ジェームズ・ガンありがとう」ってこれに尽きる。

▼二作目続けてど真ん中に投げる難しさ~悪役の強さのバランス
正直この手のフルファンタジーで、しかも一作目に割とストレートな極悪非道をやっつけてしまった後ではこのスケールに見合った新しい悪役像を一から作り出すのはフィジカル(強さ)的にもメンタル(動機)的にも難しいとは感じた。
特にフィジカル的には今回の敵は普通に強すぎるしその強すぎる相手と組み合うロジックも弱くて相当苦しいバランスに見えた。今まさにいる星を相手に戦うのに「気づかれる前に爆弾設置だ!」って何をどう基準に「気づかれない」のかさっぱりわからんし基本的に戦いが成り立っている事自体にいまいち納得がいかなかった。
しかもそれを今時百番煎じくらいの「核ふっ飛ばしたらオールクリア」っていう便利で陳腐なご都合展開で解決しちゃうし、「ガーディアンズもそれやっちゃうか...」っていう気持ち、正直無くはなかった。
ただガーディアンズシリーズの作劇の凄いところはご都合主義をギャグでアリにしちゃうとこだと思ってて、多分このプロットでユーモアセンスのない人が撮ったら社会的に抹殺されるレベルの作品になる。
だから結局「これは無理ある!」ってとこをどう描くかっていう点においてとにかく上手いなあと思った。でも「無理ある!」があるから「上手い!」と思ってしまう程度には無理が生じてるようにも感じた。
だって「まさかこのノリで700回のワープを有りにしちまうんじゃないよな!?」って思うよね。笑 でもそれでいいんだと思う。楽しいもん。

▼悪役のキャラクターとガーディアンズ・オブ・ギャラクシーというシリーズ
動機に関してはジェームズ・ガンのことだから「そういう流れで敵になるとは!」って裏に振るような展開があるかなと期待したんだけどどストレートに悪いヤツだった。
ここで少しだけ自分の話をすると、僕は昔から体育会系の競争原理を体いっぱいに浴びて育ったような男だった事もあって、普段から向上心とか競争を他人にも強要する不寛容な人間だった。「ヘタクソ」とか「何でこんな事もできないの?」とか平気で口にする、うんこもヒく程の最低な男の子だった。
結局自分の振りまいた不寛容が全て跳ね返ってくる形で鼻っ柱はボキボキにひん曲がって心は深く傷ついた。あの経験は辛かったけど自業自得だったし何よりあのまま大きくなるという最悪のシナリオを回避するためには大切な時期だった。
そんなかつての自分の不寛容な気持ちの先に本作の敵のような考え方があると思う。「俺以外みんな下等だしみんな俺になればいいのに」って、超つまんねえよそんな世界。楽しいこととか、喧嘩したこととか、悲しかったこととか、人生のあらゆる要素は他の誰かのおかげでできてる。
そういう敵を描くのはキャラクターの多様性を尊重してきたガーディアンズ・オブ・ギャラクシーという作品だからこそ意味があると思う。クイルが言う「それの何が悪い!」で全俺が泣いて謝り、全俺が心底救われた。

ジェームズ・ガンはエンターテイメントから逃げない。エンターテイメントの役割から逃げない。
また映画からこういう楽しさを、こういう勇気をもらえて嬉しい。
きっとこの映画を観て沢山の人が映画を好きになって、沢山の人が物語を志すと思う。自分の世代にそういう作品が在ることが嬉しい。
ジェームズ・ガン、ありがとう。

★★★★★★★★★ / 9.0点






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