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2017

映画レビュー:No.549 マンチェスターバイザシー

マンチェスターバイザシー
137分 / アメリカ
公開:2016年11月18日(日本公開:2017年5月13日)
監督:ケネス・ロナーガン
出演:ケイシー・アフレック
ミシェル・ウィリアムズ
カイル・チャンドラー
ルーカス・ヘッジス







この記事はネタバレを含みます。ご了承ください。




「たっぷり」という単語における「ぷ」の字の字面のたっぷり感ったら無い。

▼厭世的な主人公とその周りを映す撮影の手つき
「マンチェスターバイザシー」は「バイザシー」まで含む一つの街の名前なんですよ。ユナイテッドとかシティとか強いサッカーチームのあるイギリスのそれとは別モン。調布と田園調布くらい違うよ!(例えがヘタ)
そもそもはボストン大好きマット・デイモンが監督主演をやる予定だった企画だけあってマンチェスターバイザシーもアメリカのあそこらへんにある。

生きてて何が楽しいんだろうってくらい厭世的な佇まいで映画に登場する主人公。仕事は無気力、人間関係は投げやり、バーでは荒れまくりと「おいおいどうした!!」と言いたくなる荒みっぷり。
そんな彼がどうしてこうなったのか、これからどうしていくのか、過去と未来が交差する時間を描いた話。

主人公は過去に取り返しのつかない大きな過失を犯し、そんな自分を赦せず幸せになる権利を放棄しているような男。
それは確かにとんでもなく重たい十字架だし実際彼のまとう空気もめちゃめちゃ重たいんだけど、映画自体はそんな彼の内面に寄り添いすぎないというか彼の外側、つまり彼がどう思おうが切り離す事のできない他者との関係性とか彼の半径5mまでを捉える客観性を感じる。決して突き放したりあからさま広く映すような客観性ではなく、あくまで"彼と彼の周り"という"彼の世界"を映す距離感っていうのかな。
主人公は常に"誰か"が行動のキッカケになっているけれど、その時の彼の感情、シーンの感情とは関係なくユーモアが働いたりするのもそういう他者の存在を希望として描いているからのように感じる。

▼話の向かっていく方向性に見る作りての誠実な優しさ
主人公の後ろ向きな感情のベクトルに対して物語自体がグイグイ未来への引力を強めていく。亡くなった兄も、何もわかってないようなその息子も、最も不幸にしてしまった元嫁も、全員結果として未来へと主人公の背中を押す。あくまで結果的に、なんだけどね。
まあ映画としてそういう運命というか感情の方向性を描くこと自体が作り手の優しさだなと思う。監督自身も「暗い映画なんて撮りたくない」と言ってるけど、だからこそ尚更ここまで深く沈み込んだ主人公をすくい上げる話を書く事が誠実に映る。
劇的に前向きになるとかじゃなく、ほんの少し、本当にほんの少しだけポジティビティを取り戻した、、、のか?って言うくらい小さな前進なんだけど、でも映画のファストシーンを考えたらあのラストシーンは泣いちゃうべ。
"あの時みたいに"なのか"あの頃のようにとはいかないけど"なのか、でも一緒に釣りをする二人がいる。

▼編集の雄弁さ~インサートされるタイミングとどういうシーンを映しているか
編集がとても上手に行間の感情を語っていると思う。単に過去の説明に留まらず、主人公が何を思い出しているのかを想うと後半の「辛すぎる」っていうセリフがよりドスンと響く。
不幸と幸せは常に裏表なもんで、彼の悲しみや自己嫌悪はきっとそれだけ楽しい思い出があったからだと思うと胸が苦しい。彼が自分の過失を証言する時に言う事は平たく言えば「世の中には最悪の不幸ってのがあるけどそれが自分の身に起こるとは思わなかった」って事で、そういう想像力の欠如ってのは僕の生活にも至る所に存在する。
だから、っていうとおこがましいしデリカシーが無いけど、彼には幸せになって欲しい、というか自ら不幸な生き方を選ぶような事をしてほしくなかった。
主人公が終盤に言う「家具を買う」ってセリフ、それは彼が一番絶望していた時に死んだ兄が彼にしてくれた人間的な生活(人生)を回復するほんの小さな一助だったんだけど、それを彼が自分で言えるようになった事がとても嬉しかった。

過去は忘れたり切り捨てたりするものじゃなく抱えて生きていくものだ。
彼も無理に自分を赦す必要は無いけど人生は否応なく未来に向かってる。それも含めて結局絶望は希望に勝てないんだって信じたい。

★★★★★★★★ / 8.0点

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