02
2017

映画レビュー:No.551 夜空はいつでも最高密度の青色だ

夜空はいつでも最高密度の青色だ
108分 / 日本
公開:2017年5月13日
監督:石井裕也
出演:池松壮亮
石橋静河
松田龍平
田中哲司
ポール・マグサリン







この記事はネタバレを含みます。ご了承ください。




うちの親父はスポーツニュースで中日が活躍した場面が流れるとお腹をポコポコ叩いて拍手する。

▼映画の持つ不自然さ~"変なやつ"という在り方
配給は東京テアトルなのにテアトル系列では一館もかからないんだねえ。じきにかかりそうではあるけど。
いつもタイトルをちゃんと言えなかったけど観終わると言えるようになってた。満島ひかりの元旦那・石井裕也監督の最新作。

映画の中に"普通の人"が全然いなくて、その中でもとりわけ変人が主人公の二人。脈絡なくやたらと説明的なセリフを延々しゃべり出す上にそれが何を説明してるのかはわからないっていう端的に「何言ってんだこいつ?」っていうシーンが多くて、正直芸達者の池松壮亮をしても相当無理のあるキャラクターに見えて第一印象はすんごい困った。
いわゆる因果関係ではなく偶然やタイミングを切り取って起承転結を語ってるんだけど出来事それ自体の面白さもそこまで強いわけじゃないからかなり興味の持続を見出しにくい映画ではあると思う。感情移入は尚更難しい。
会話のシーンの不自然なくらいの自分語りもテーマを直接的に語っているようにも奇をてらって無理やりキャラクターを立てているようにも見えるし好き嫌いははっきり別れるわな。
池松壮亮の主人公は自分で自分の事を「変なやつ」と言ってるけどこの映画自体も主人公の彼に象徴されるように「変なやつ」として映る。
まああの主人公もヒロインも難しい役だし演じた二人はかなり頑張ってたと思う。あと主役関係ないけどすんごい久しぶりに「チョーウザいんですけど」って聞いたわ。今時いないだろこんな事言う若い子。笑

▼"物の見方"の話
劇中で「今日は何が起こってもおかしくない。凄く悪い事とか。」「でもそれはとてつもなく良い事が起こってもおかしくないって事でしょ?」ってやりとりがあるけど、結局自分の中の孤独や悲しみは視点の置き方によっていくらでも裏返るし主体的にも相対的にも感じられるって事だと思う。この映画のタイトルだって言うなればそういう「物の見方」の話をしてる。
でもこの映画は最後に自分の持つ欠落感や悲しみを相対的に捉えて慰めるのではなく理解してもらうことで軽くする。
自分を肯定してくれるのも、自分を傷つけるのも他者の存在なんだよね。でも最初から幸せになる気がなかったり、色々諦めたりしてもしょーがないじゃんつう話。他人と生きることで生じるあれやこれやはとってもめんどくさいけど、それはどうやっても止める事が出来ないから人生はビタースウィートアンドビューティフルなんだよ。死も、地震も、人を好きになる事も。

▼"まだ知らない"という可能性の捉え方
同じ時間におなじような弁当を食べてるどこかの誰かがいる。その弁当はまた別のどこかの誰かが工場で詰めたおかずで出来てる。アパートの隣の部屋には僕の全く知らない人生があって、僕がたまに鳴らす音楽がその人生にほんのちょびっとさざなみを立てる。僕たちは繋がってないようで繋がってるし、繋がってるようで繋がってない。
知り合いいかんに関わらず僕たちはお互い影響しあって、もしくは影響を与える可能性を常に持ってこの世界を生きているんだろう。
この映画はそうやって生じる喜怒哀楽、それは決してポジティブなものばかりでなくネガティブなものも含めて、そういうなんやかんやのある"生"をほんのりと肯定してくれる。明日が良い日か悪い日か、気の持ちようなら前向きに考えてみようぜって。

▼"死"や"実感"~理屈の向こうにある人間臭さ
ガールズバーでクソみたいな客にカラオケを歌わされるのと自分の事を理解して好きになってくれる大切な人と出会うことがフラットに存在するのがこの世界。"死"っていう最大の悲劇すらフラットに捉えてる。
それは別に死ぬ事自体を肯定するわけじゃなくて、例えば踊るのが好きだった事とかレズ物のAVが好きだった事とか自分の生の痕跡が生きている人の中に残るのかもしれないっていう本当に保証の無い小さな希望みたいなもんでかろうじて自分が死んだ後の世界にも希望が持てるっていうかね。自分の死すらも誰かの生の一部になっていくっていうか。
"死"っていうモチーフが頻出するし、主人公たちはそれを実感もなく捉えている。軽々しく口にする。
彼らの自分の気持に気付けない、もしくは上手く言葉にできない様はこの映画の中でも特に真に迫る感情として印象的だった。人間は必ずしも自分が感じたとおりに何かを表現できる生き物じゃない。だからこそお互いわからないことに戸惑い、悩んで、理解できる事に喜ぶんだと思う。
クソな世界の片隅でクソな人生しか送れない自分でも明日を信じる価値はあるし、そうやって自分を肯定してくれる誰かも必ずいる。

好き嫌いは別れると思うけど無難にまとめるより届く所に届いて届かない所は諦めるアプローチはとても良いと思う。いわゆる"普通"に作ったら失ってしまう良さもきっとある。
"尊重"なんて言い方はおこがましいけど第一印象でパッと理解できないものに対してきちんと考えないといけないと思う。それが映画っていう圧倒的な"他者"、"まだ見ぬ愛おしい他者"と付き合っていくにあたって、僕にとって最低限の敬意と愛情表現のような気がしてるよ。

★★★★★★ / 6.0点



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