03
2017

映画レビュー:No.572 逆光の頃

逆光の頃
66分 / 日本
公開:2017年7月8日
監督:小林啓一
出演:高杉真宙
葵わかな
清水尋也
金子大地







具体的なネタバレはありませんが抽象的なネタバレがあります。



最近買ったMY FIRST STORYのミニアルバムがとても良かった。
MY FIRST STORYはワンオクTAKAの弟って評価軸抜きで語るのは土台無理な話だってくらいパッて耳に入った音の印象が近いけど。昔のワンオクみたいに表現力に対して背伸びのない音楽がとてもいい。
時代のアンセムとかよくわからんし、ロックキッズのプレイリストに入るようないい意味で俗っぽい曲ばっかりなの、すっごい信頼できる。

▼少し固い演出と演技~若干わざとらしいリアリティ
何でもない日常を本当に何でもなく撮ってるから正直わかりやすく面白いってシーンはほぼ無いし、青春の示し方にしてもちょっとわざとらしいなと感じる部分が少なくなかった。
セリフ回し、会話のテンポ、ワンシーンの長さ、編集と映画としてあえてスローに演出されているんだけど役者さんの人工的な京都弁が意識して言葉を置いているような会話のテンポとも相まってものすごく不自然に浮き上がっているようにも感じた。
全体的に役者さんは固くて、らしくないことをやっている感じがあった。

▼何でもない日常を映す青年誌のマンガのような手触り
3話+エピローグの4章立ての構成なのだけど、友だちのライブ観てだべったとか、放課後の学校とか、けんかしたとか、そのくらいの何でも無いトピックをサクッと20分で1話みたいな感触は例えば僕の好きな冬目景とかねむようこの1巻完結マンガを読んでるときの感じとも近い。この映画も時々ハッとするような美しいカットがあったりどっかで飛躍があるのかもっていう開かれた部分みたいなのがあって、結論としては「大した事ではなかった」って案外あっさりしたところに着地してもそこに至るまででこう見せようという意図に一貫性があって興味深かった。

▼小規模な映画を観る、ということ
映画は何か絶対的な手法=正解があって作られるわけではなく撮られる題材や場面に応じて手法がある。だから演出や撮影という映画としてのタッチが自分と合わなかったからといって、いやむしろ自分が違和を感じた時ほど映画の文法や題材に応じた反応や解釈をする努力をしたい。
これはどちらかと言えば作り手目線だと思うし、僕が理屈っぽいって言われる部分だと思うんだけど、こうやってなぜ作品を面白いと感じたか(逆もまた然り)について因数分解して獲得した理屈が人と話す時すごく役に立つ。
それは映画ファンの友だちとの会話に限らず、普段映画を観ないような人に映画の面白さを説得する時なんかも。

日本映画の作品規模はハリウッドに比べれば小さいし、その中でもメジャー配給では無い作品となるとびっくりするほどお金がかかってないのだけれど、その分作家性(ないし表現)の純度の高い作品を観る楽しみ方が最近は凄くわかってきた。
特に去年のケンとカズのように予算規模をクリエイティビティで凌駕するクオリティの作品にガツンとやられてしまってはむしろ邦画への期待値はこういう作品にこそ向いてきた感すらある。
前述した題材と手法って話で言ってもインディペンデントな邦画の方がコンプライアンスにかかずらわず自由度が高い。
過去の成功例に倣って二匹目のドジョウを追うどころか精神性としてはその逆だからね。
映画としての完成度うんぬんももちろん大事だけど(僕のベストはそういう評価軸も大きな要素になっているけれど)、限られた中で面白い事をしようという作品を観る面白さも映画にはあるなあと、最近はより強く思う。

★★★★★☆ / 5.5点
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