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2017

映画レビュー:No.582 十年 TEN YEARS

十年 ten years
108分 / 香港
公開:2017年7月22日
監督:クォック・ジョン
ウォン・フェイパン
ジェボンズ・アウ
キウィ・チョウ
ン・ガーリョン
出演:オムニバスのため割愛







この記事はネタバレを含みます。ご了承ください。




友人の結婚式でウェルカムボードを描いた。こういう時にいい絵を描けないでどうする!という気持ちで友人の喜ぶ顔を思い浮かべながら描いた。自分自身何回も見返したくなる絵が入ってよかったなと思う。

ウェルカムボード

▼「十年」を描く~未来への切実な願い
映画が制作された2015年から10年後の香港の未来を描いた5編の短編からなるオムニバス映画。5作ともディストピアやそれに向かっていく過程の思考停止や不寛容を描いていて悲観的な未来像ではあるんだけど、それが作り手が絶望や諦念を抱えているからではなく希望を信じたいという願いに基づくものということはラストに「もう手遅れだ」というテキストが「まだ間に合う」に変わるところで痛切に伝わってくる。
もちろん社会批判やユーモアを含んだ皮肉というのはふんだんに内包しているけれどその向こうには郷愁に近い愛情を感じる。

▼「世代」というモチーフ
どの作品も面白く観たんだけど特に僕は最後の一編「地元産の卵」が好きだったな。本作(「十年」という映画)のプロデューサーも務めるン・ガーリョンが監督している話とあってこの映画全体のメッセージを総括するような話だと感じた。

この映画は「過去の世代の失敗を未来の世代に繰り返してほしくない」ということを言っていると思う。
搾取も格差も排他も一部の人達の悪しき前例と、それに慣れてしまうことの思考停止によって負の遺産と化していく。こういう作品が生まれることで僕たちは十年後を変える努力を始めることができる。最悪な未来をフィクションにすることができる。
表現は死なないという事を次の世代に託した「地元産の卵」のラストにこそ映画、ひいては表現というものの最も美しい力強さを感じる。
まあ何ていうか、街頭演説よりもこういう表現がより人の心に訴えることって多分にあると思う。教科書ではなくマンガから努力の大切さを知ったり、ニュースではなく映画から暴力の怖さを知ったり。(それはそれぞれ前者を否定するわけじゃなくね)

▼この映画を取り巻く事象の健全さ
香港ではこの映画は大ヒットしたらしい。もちろんIfのストーリーのディストピアものとしてちゃんと"面白い"っていうのが大前提だけど、とはいえこういう社会派な側面を持つ作品が大きく感心を集めるというのはとても健全なことだと思う。
日本でもこういう作品が作られてほしいし(それは姿勢としてだけではなくクオリティという面も含めてね)、そしてもしそういう射程の作品が生まれた時ちゃんとヒットする国であってほしい。

それにしても「方言」とか本当に面白かった。全体からは基本的に政治不信と表現の排他の2つを特に強く感じた。多分香港という地の変化の大きな歴史の中で失われていった物も多くあったんだろう。
人が生きていた証として文化がある。その土地の言葉、その土地の仕事、その土地の物、その土地の人。
分断ではなく共有する、多様性を許容する未来を願う。

★★★★★★★☆ / 7.5点


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