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2017

映画レビュー:No.581 スパイダーマン:ホームカミング

スパイダーマンホームカミング
133分 / アメリカ
公開:2017年7月7日(日本公開:2017年8月11日)
監督:ジョン・ワッツ
出演:トム・ホランド
マイケル・キートン
ロバート・ダウニー・Jr
ジョン・ファヴロー
デンゼイヤ
ドナルド・グローヴァー
マリサ・トメイ
トニー・レヴォロリ







この記事はネタバレを含みます。ご了承ください。




2ブロックのオールバックが似合う生え際の形に生まれたかった。

▼前談~大阪旅行記
大阪は109シネマズ大阪エキスポシティのIMAX次世代3Dでスパイダーマン:ホームカミングを観てきた。僕の今年の夏のメインイベント。
「次世代」って形容詞が凄いよね。数ある「とにかくすげえ」というニュアンスを伝える言葉の中でもかなり先鋭的なワードセンスだと思う。対義語は「35mm時代遅れ2D」だろか。ちなみに僕はフィルム上映も大好きですよ。

劇場でスパイダーマン観るのは初めてだし、映画館は凄いらしいし、友だちと4人で映画なんて大学生以来だしでここ数年で一番ワクワクした状態で映画に臨んだ。ハードルを上げるっていうよりもう少し純粋な感じ。

IMG_2447.jpg
今月は公開初日にちゃんと映画を観るマンもスパイダーマン仕様!
(スパイダーマンとベイビードライバーのオマージュ)

ちなみに席はcinemactifのペップさんがプレミアシートで二対を二組取ってくださってて「せーの」でくじ引きしてペアを決める事になった。「何これ超楽しい」と思いながらチケット引いた。
IMAX次世代3Dの3D眼鏡はニュートラルの状態だと片方のレンズが暗くなってるのだけど、予告編が始まっていざ装着したら片側が暗くて「壊れているのか!?」とあせあせと隣席のロンペさんに尋ねてしまうというニワカ丸出しな一幕も。「そういうもんだ。落ち着け。(意訳)」と諭してくれたロンペさんの頼もしさ。

感想の前に一応僕のスタンスを表明しておくと、僕は過去に二回シリーズ化されているスパイダーマンに関しては最初のサム・ライミ版の一作目、二作目をぼんやりとテレビで観た記憶がある。って程度の観客。
一応スパイダーマンの超ーーー基本的な部分くらいはわかってるつもり。「大いなる力には大いなる責任が伴う」ってベンおじさんに言われるって事とかクモに噛まれてクモ男になるって設定とか。逆に言えばそれ以外は何にもわからない。

▼等身大でキュートなピーター・パーカー
今作のピーター・パーカーは平たく言うと"子供"で凄く等身大な15歳。軽率さ、若干の浅薄さも含んだヒーロー稼業の在り方とか、ヒーローとしての活躍やアベンジャーズに対する自己承認欲求の根本が学校生活にあるところとか、彼の視野の狭さや余裕の無さ、理想と現実のギャップに苦しむ様に凄く共感した。
過去のスパイダーマンが半ば強制的に責任を負う構図だったのに対して本作は「自分はまだ一人で責任を取ることの出来ない半人前なガキンチョだ」と"大人"の存在を通じて自分の未熟さや社会的立場、ひいては責任感を学ぶ話という、映画全体の要素、印象が少し軽くなっているのだけど、そうやって大人に守られながら少しずつ自分の出来ることを見つけていくって経験の積み方はより現実の15歳のそれとも近いように感じる。

彼の感じる歓びや正義感、悔しさ、責任感、コンプレックスや鬱屈といった様々な感情も、もしくは彼がハッピーやスタークに軽んじられたり認められなかったり、全てが初めてだからこそ力を持て余したりスマートに力を発揮できなかったり、失敗したり、逆に成功したりというという物語の成り行きも、その全てに等身大の15歳のピーター・パーカーが見えてとてもキュートで応援したくなった。
僕はこの映画の本当に取り返しのつかない事を描かなかったところが好きだ。悪役にとって救いのない勧善懲悪という決着ではなく罪を憎んで人を憎まずという解決も彼の純粋な良心が報われたようでとても良いバランスだと思うし、このある種のネアカさ、前向きさはMCUの他シリーズとの住み分けとしても上手な立ち位置だと思う。

▼脚本上の省略の大胆さ
2度目のリブート、3度目のシリーズ化とあって設定の説明の脚本上の流れなどは「ここはもう改めて説明する必要は無いね」って大胆な取捨選択をしていたように感じる。特にピーター・パーカーがなぜスパイダーマンなのかの件を「クモに噛まれたんだよ」の一言で済ませるところとか過去シリーズを観てる友達も呆れ半分で賞賛してた。
僕は実質初めてのスパイダーマンだったので主人公がクモ糸を自分で作ってたりするから「スパイダーマン的な身体能力はスーツ(道具)の力って設定なのか?」と思えば常人離れして体が強かったりして結構びっくりした。「そういうもんだから納得しろ」ってノリで結構色んな設定の説明をすっ飛ばしてるように感じた。
でももはや「スパイダーマンはスパイダーマンだからスパイダーマンなんだよ」ってのが通用するくらい今やヒーローの個性が荒唐無稽に見えない時代って事なんだろうね。

▼「持たざる者」ではなくそう思い込んでしまう思春期特有の余裕の無さ
主人公のピーターは学業も体力テストも優秀だしクイズコンテストで学校代表のエースを期待されるくらい実は周りからも認められている。でもこの映画は彼が「アイアンマンに呼ばれてキャプテンアメリカの盾を奪った!やべえ!」って喜んでいるところから始まるわけで、そうやって憧れの存在に認められる喜びやスペシャル・ワンとしての自分のポテンシャルを知ってしまったからこそ彼は自分のアイデンティティや活躍の場をピーター・パーカーとしてではなくスパイダーマンとしての自分に求めてしまう。スパイダーマンのニューヨーカーという設定にアベンジャーズ1作目を繋げてピーターのアベンジャーズへの憧れを言外に演出したのもとても上手だと思う。
何にせよ彼のそういう視野の狭さは青春時代に誰でも持っている未熟さの一部でそれ自体が絶対的な欠点とは思わない。むしろ僕はそうやって思春期の承認欲求をこじらせてストラグルする彼はとても年相応に人間臭いと思う。
学校のやつらはちゃんとピーターの良いところ見てくれてる。でも彼はそれに気付けない。

スーツを没収され一人の高校生に戻りかけていたところで彼は自分しか知り得ない、つまり自分だけが防げる可能性を有する悪の存在を知ってしまいアイデンティティを問われる。
銃を持つ敵に対して「撃つなら僕を撃て」と言うほど怖いもの知らずだった彼が、スーツもなく、大切な青春も自分の命も失うかもしれない状況に初めて恐怖と逡巡を見せる。
別にあそこで彼が戻ることができなくてもそれは恥ずかしいことじゃないし、だからこそ彼の決断に心が奮える。恐怖を乗り越える勇気こそが本当の強さだと思う。

▼雑感~作品トーンへの印象と脇役について
これでもかという手数で放り込まれるギャグも作品の印象と不可分で、MCU入門編としてもここにきて最良の一本なんじゃないかな。まあアイアンマンとかアベンジャーズを見とけってのはあるかもだけど比較的ハードルは低いと思う。
脇役はみんな良かったけど僕はトニー・レヴォロリ演じるフラッシュ君がいちばん好きですね。あいつのいじめっ子ワナビーな小物感に出てくる度に笑った。
ハウスパーティーのシーンの無駄なDJテクよ。「まさかネッドがスパイダーマンなのか!?」でポポポー!!てサンプリングボタン押すウザさ。どうかと思うコールアンドレスポンス。
ちなみに彼はグランド・ブタペスト・ホテルではゼロって役だったけどミシェルがクイズコンテストで「ゼロ!」って解答するのはパロディギャグなんだろか。
あとAIは不確定要素を計算できないってギャグとか結構新しい視点なんじゃないだろか。いちいち面白かった。

そんなこんなで僕は超大満足!今年ベスト10級に大好きな一本!
トム・ホランドのピーター・パーカーにまた劇場で会いたい。そういうキャラクターに出会えるっていうのは幸せだ。
何とかもう一回は観に行きたいな。

★★★★★★★★☆ / 8.5点



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