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2017

映画レビュー:No.589 さよなら、ぼくのモンスター(原題「Closet Monster」)

さよなら、ぼくのモンスター
90分 / カナダ
日本公開:2017年7月16日
監督:ステファン・ダン
出演:コナー・ジェサップ
アーロン・エイブラムス
ジョアンヌ・ケリー
アリオシャ・シュナイダー







この記事はネタバレを含みます。ご了承ください。




今年のアーセナルは大丈夫だろか。

▼主人公のアイデンティティのバックボーン
主人公は幼少時からゲイ差別的な発言や出来事を通じて自分のアイデンティティを認識していった人物で、それに向き合わないようにしながらつつがなく大きくなったのだけれど、恋愛感情の芽生えによってそういう自分と向き合わないといけなくなっていく。
誰かに自分を好きになってもらう努力をするということはイコール自分はこういう人間だと知ってもらうことだけれど、彼はそういう彼自身を否定し抑圧して生きてきた人間で自分の同性愛を認めることが出来ない。
それでも彼がバイト先の同僚に惹かれてしまう理性を超えた恋心の描き方とか、そもそも彼がなぜそうやって自分を抑えつけるような価値観を持つに至ったのかという家族への愛憎半ばなコンプレックスとか、彼がどういう人生を歩んできてどうしてこういう人間なったのかが全然説明的ではなくとても的確に描かれている。役者さんの演技や撮影がとても繊細で非言語的な感情表現が上手い。

▼自分と向き合えない主人公のコンプレックス
主人公は自分自身と向き合えないがゆえに他人を通じて自分のアイデンティティを成り立たせている。
特殊メイクのアーティストを志望するのは変身願望の表れのようだし親友である女友達に引っ張ってもらうことでここではないどこかを夢見てる。自分の本心を自分自身で確かめるために飼っているハムスターにイマジナリーフレンドを投影する。
逆に父に否定されてきた事で自分のアイデンティティを否定的に捉えている。クライマックスで主人公は好きになった男の子に自分を認めて受け入れてもらえるのだけどそれだって主人公にとっての幻想かもしれない。でもああやって自分の中に自己肯定的な幻想を持てるようになったことが彼にとっての救いであり成長であり、何よりその男の子が特別な存在だった証なんだろうね。
彼は自分の手であの棒を抜く。痛みを伴うし大切な父を否定しなければいけないけど、コンプレックスと向き合って乗り越えるためには必要な痛みだった。

▼物語の根幹を貫くモチーフ
思春期の恋愛ってのはあくまでキッカケでやっぱり最も大きいのは家族という"世界"に精神的に囚われている、その構造を壊すことだったんだろう。恋愛描写に関してはあくまで恋愛経験自体にプライオリティがあってあの男の子との絶対的な関係に主人公の心情が留まらないところが上品でリアルだなと思った。
最初と最後のシーン、色々合った主人公が改めて思い返す感情にあの親子の関係に対する優しい肯定がある。
チラシなどでドランと比較する文言があったけど、確かに家族っていう磁場の話という印象はドランっぽいかもしれない。ただこの映画の場合主人公はまだ若く、それゆえに絶望に負けないくらいの瑞々しさがあって、通過儀礼を経て成長したんだっていう抜けの良い余韻が残る。

▼引っかかっているところ
ちょっと優等生っぽいウェットさだと感じる部分もあって、映画としてよくできている、きちんと描けているということがイコールで僕にとって面白かったとか切実に感じられたとかって感想に等しく接続されないのがちょっともどかしい。
感想としてそういう言語化出来てない部分をそのまま出すのは良くないって思うんだけど、まだ飲み込めてない感じがある。
今年のカリコレで動員No.1を記録したようで10月にはアンコール上映が決まったらしい。この機会にぜひ!(未見の人ここまで読んでないと思うけど。笑)

★★★★★★ / 6.0点



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