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2017

映画レビュー:No.593 ダンケルク

ダンケルク
106分 / アメリカ
公開:2017年7月19日(日本公開:2017年9月9日)
監督:クリストファー・ノーラン
出演:フィオン・ホワイトヘッド
トム・ハーディ
マーク・ライランス
キリアン・マーフィー







この記事はネタバレを含みます。ご了承ください。




一向に具体的な購買意欲の湧かないままCDプレイヤーが欲しいと言い続けて1年ほどが経った。

▼あらすじやスタッフ諸々
第二次世界大戦でのイギリス軍のダンケルクの撤退戦を描いた実話物。まあエピソード自体が史実通りなわけじゃなく世界観や戦争の構図という大きな設定を現実に即しているだけで描かれる出来事の細かいディテールはほとんどフィクションだと思うけど。
監督は世界で一番評判が独り歩きしている映画監督クリストファー・ノーラン。ノーランについては彼の真面目なところを難しく考えすぎな人とバカにする人の二極化が顕著でちょっと嫌な感じだなと思う。
撮影ホイテ・ヴァン・ホイテマ、音楽ハンス・ジマーというレアルマドリードのような布陣も相変わらず。

▼戦場の暴力を象徴的に描く作り
実態がなく即物的に暴力や恐怖が続くのが後世には数字として扱われる兵士たちから見た戦争なのかもしれないと思った。スペクタクル、エンターテインメント、物語を映画に求める人はお呼びじゃないと言わんばかりの作り。
物語的にも画面の構成としてもカタルシスを排した方向の演出を強く感じる。圧迫感のあるアップを多用していて、それはどこから撃たれたのか、何が起きたのかわからないっていう登場人物の寄る辺ない心情や無防備や無力であることへの不安感、そして襲われる混乱そのものに近しい感覚だと思う。
ドイツ軍が画面に登場することすら無くそれはもはや戦闘の構図ですらない。常に何が起こってもおかしくない可能性というのがフラットに画面に存在して、人物はとにかく目の前の出来事から必死に逃れるしかない。

▼作り手の視点~甘くない優しさ
事実の救いの無さをすくい上げるのは戦争で命のやりとりの恐怖に晒された人たち、それは失う恐怖でもあり奪われる恐怖でもあり守れない恐怖でもあるのだけど、そういう人たちへの作り手の力強い肯定のように感じる。
「何をしていたんだ」と非難される彼の頑張りをわかってくれる人はいるし、国のためにと活躍に憧れた少年はなんでもない事故で何もしないまま命を落とす。怖い、生きたいという切迫した感情の前では自己犠牲なんて入り込む余地も無く、大ピンチを前にも誰かが名乗り出るのを待つ。
戦争の内包する醜さや残酷さ、そっけないまでの不条理と、それと裏表にあるささやかな尊厳や人と人との繋がりに生まれる希望、そのどちらも等価で捉えることが出来るのが映画の持つ神の視点の特権だと感じる。

▼映画の"構成"の妙
その神の視点という映画の特性を活かした群像劇の構成によって即物的で因果関係の弱い展開に興味の持続や物語的なスジを通していると思う。
撃たれる、沈む、戦闘機を見上げる、など韻を踏むようにそれぞれの見せ場を連ねる構成は単純に映画の緩急として単調になることを避ける意味もあるだろうし「それぞれに戦争がある」という戦争の本質を捉えているようにも感じる。
物語的因果を引き受けるキャラクターを置かないことで物事によりフラットな可能性の広がりが生まれるし、だからこそ人と人が結びつく瞬間がかけがえなく美しい。

▼音楽による演出の印象
特に"構成"と"音楽"に観客を飽きさせない目配せ、ノーランの広い層に届けるというバランス感が出ていると思うのだけど、音楽はちょっと全編鳴らし過ぎで煽情的に感じた。
せっかく絵的な演出自体は素っ気なさを強調しているのだからそこで「これは映画だ」っていう身も蓋もない人工感を思い出させるような煽り方をするのはもったいない。

ネバーサレンダーの文字を前に戦争をやめられない少年兵と自らの戦いを終えたパイロットがカットバックされるように、映画は途中から始まって途中で終わる。戦争それ自体に結論を出さない。それは戦場の視点に純化した映画だったという印象を強める。
僕は終始緊張感に身を震わせながら観た。上手に息ができないくらいドキドキしたし怖かった。
それは総じてこの作品を楽しんだってことだと思う。

★★★★★★★★ / 8.0点

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