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2017

映画レビュー:No.595 パターソン

パターソン
118分 / アメリカ
日本公開:2017年8月26日
監督:ジム・ジャームッシュ
出演:アダム・ドライバー
永瀬正敏
ゴルシフテ・ファラハニ
バリー・シャバカ・ヘンリー







この記事はネタバレを含みます。ご了承ください。




まるで自分の発想に基づくチョイスと言わんばかりの顔でマネキンの着ているコーディネートをレジに持っていく。

▼最近の僕のネタバレフィルターのレベル
ジム・ジャームッシュ監督は初めての鑑賞。Twitterでは圧倒的褒めの空気を感じたけれど褒めているという以外の情報は一切目に入れない斜め読みスキルに最近は一段と磨きがかかってる。
良い・悪い・どちらでもないの三択ならきっとあの人は「良い」に丸をするんだろう、という一番害のないレベルの表面的な評判だけをせっせと集めている。

▼My life~「繰り返しの生活」を歌う
アダム・ドライバー演じるニュージャージー州はパターソン市のバスドライバー、パターソンさんの一週間。ツーペアって感じ。
観終わって、大好きなラッパーZORNのMy lifeという曲を思い出した。その曲は「繰り返しの生活」という一節で始まる。



大人になると時間が不可逆という概念なんてあっという間にどこかに行ってしまうくらい昨日も今日もまあ変わりないように日々が過ぎる。
言葉にしたら「仕事に行った」「犬の散歩をした」と"いつも通り"の同じような毎日が続く。運命を感じるような出会いも新たな恋愛の芽生えもドラマチックな事件も、そんなものは起こらない一週間の方が人生にはよっぽど多い。でもそうやって次の日には忘れてしまう繰り返しの生活の中にも心が揺さぶられる瞬間は無限に転がっている。
この主人公と同じように一言でまとめれば「いつも通り」で片付いてしまう自分の毎日が改めて愛おしくなる、世界がちょっとだけ美しく見えるようになる、そんな映画だった。

▼いつも通りの生活の心が揺さぶられる瞬間
目覚まし無しで仕事の時間になったら目を覚ます主人公は「ずっとそうしてきたんだろう」という人生の安定を強く感じさせる。
職場の点呼、バスのルート、夜の散歩とバーへの寄り道。家に帰れば嫁がよくわからない創作活動を喜々として報告してくる。自分は仕事の傍らで詩作に励む。昨日と同じ今日を繰り返している。
でも同じ人と会っても交わす会話は昨日と今日で少し違う。バスの乗客も変われば嫁も昨日とは違うバイタリティを咲かせている。主人公もページをめくり、新しい詩を書く。
漏れ伝わってくる客同士の会話にクスリとしたり、なんだかいつものあの人の機嫌が悪そうに見えたり、同じ街のまだ知らなかった人とすれ違ったり、それは次の日には記憶からこぼれ落ちて形を失う。あの人と過ごした楽しい時間も何曜日の何時にこんなことを話したなんてディテールは時間と同じように過去に消えて、すぐに「あの時は楽しかったね」という程度の簡略化された思い出になる。
でも、そのどの瞬間も心は揺れている。記憶に残らないどころか自覚すらできないくらいの小さな振動かもしれないけど、心は揺れている。そういう記憶が画面に流れる。

▼嫁ちゃんの話~全く別の大切な人
冒頭の嫁の夢の話を受けてか、劇中のところどころで双子の存在が主人公の意識を捉える。僕はそれが何となくこの主人公も劇的な何かみたいなものを望む瞬間があるのかもなという風に見えた。「子供が出来るのもいいなあ」って。

主人公の嫁ちゃんは観る人によっては「何こいつ」って思うだろうくらい奔放で主人公も度々その奔放さに振り回されるんだけど、総じて受ける印象としては互いに互いを大事に思っているナイスカップルに見える。
突拍子のない提案で彼を困らせるところも彼女の一緒にいて楽しいところの一部なんだろうし、簡単に喧嘩とかにならないくらい共有している前提の多い安定した関係なんだと思う。

バーのマスターが嫁ちゃんと同じジョークを言ったらそっちでは主人公は声を出して笑う。バーに寄り道してることもわかってるようなわかってないような、話してるような話してないようなってぼんやりした感じだし、彼女の手料理に対する主人公のリアクションも絶妙に茶を濁す。
主人公夫婦も他の多くのカップルと同じようにそれぞれの知らない時間、知らない表情がある。家に帰って言う「今日もいつもと同じだったよ」という一言の裏側には本当は色んな事が起きている。それを共有しないことが関係性のバランスに置いては必要なこともある。
いつもの友達と気楽な時間を過ごせるバーでの主人公はよく笑う。逆に家では愛する女性にしか見せない顔をする。それぞれが主人公にとって全く別の大切な関係だし、全部ひっくるめて彼の人生の幸せになる。
主人公が毎朝嫁のいるベッドで目覚めて、ほんの数秒お互いささやかな愛情表現をするのがたまらなく羨ましかったし、あのバーのマスターとの関係も友人と自分の将来の関係へのささやかな憧れが重なる。

▼パーソナルな瞬間を普遍的に捉える美しい物語
全ての何でもない人生、当たり前の一瞬を肯定してくれるようなパーソナルで普遍的な、というより人生のパーソナルな感情の揺らぎが普遍的なものだと美しく映し出してくれるような映画だった。
ZORNも週六日現場で働きながらリリックを書いている。そんな彼の詩は仕事や家族や彼自身、そんな毎日のそこにある感謝や愛を歌う。
僕も繰り返しの生活を歌える人間でいたい。

★★★★★★★★☆ / 8.5点




ちなみにZORNはラッパーとしてかっこよくボースティングしたり虚像を描いたりって歌も歌ってます。そっちもめちゃめちゃかっちょいい。僕の一番好きなラッパーの一人です。
上に「My life」の入ってるアルバムと最新作のリンクを貼っておくのでよければぜひ。
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