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映画レビュー:No.649 早春(原題「Deep End」)

早春
92分 / イギリス、西ドイツ合作
公開:2018年1月13日
監督:イエジー・スコリモフスキ
出演:ジェーン・アッシャー
ジョン・モルダー・ブラウン
ダイアナ・ドース







この記事はネタバレを含みます。ご了承ください。




フリースタイルダンジョンは俺の中で明確にその役割を終えてるからいつ終わってもいいよ。やってる間は見るけど。

▼ビッチに恋した童貞の物語~狭い世界を描ける時代のリアリティ
ユナイテッド・シネマの会員サービスデーを利用してイエジー・スコリモフスキ監督の1970年作品「早春」を。デジタルリマスター版のリバイバル上映。
ユナイテッド系列は良心的なサービス体系だと思うのだけどいかんせん系列感が身近に無い。6ポイントで無料観賞が有る分武蔵野館なんかと比べてもこっちを使っていきたくはあるんだけど。

童貞がビッチを好きになってしまいひどく恋煩うという話なのだけど、ピュアに登場した主人公が思いの外グイグイ暴走していく展開にビックリしてしまった。
現実のままならなさに対して常軌を逸して行動を起こす主人公のエスカレーションが対個人というベクトルのスケールを保ったまま狭い世界の物語にとどまる、そういうリアリティはどこか牧歌的で羨ましい。
今はドッカーンと爆発したマグマのような感情を受け止める側の感受性も弱ってきている気がして、拡散されて薄まったものの中で全ての出来事が手軽な娯楽として消費されてしまう。そうやって全体の想像力がどんどん衰退している感覚に参ってしまう時がある。
主人公が自意識にかかずらわず現実に対して思う存分暴れ回るのが映画にとっても幸福な自由に映る。ピュアとか狂気に対してデリカシーの有る時代で、だからこそ行き場をなくしてこじれてしまうものもあるけれどそれこそが必要悪だなと思うわけ。

▼思春期の男の子の一喜一憂
主人公はいかにも童貞臭く純粋さを信じていて、だからこそ破壊的なヒロインを救いたいという彼なりの正しさに囚われてしまうのだけど、恋愛においては"正しさ"は必ずしも正解たり得ない。
それ以前に単に主人公はヒロインの恋愛対象ではなかった、というそのくらい本質としてはシンプルでどこにでもある話なのだけど、初恋が故に手にあまるほどの恋愛感情を全部間違った形で相手にぶつけてしまいことごとく評価を下げる童貞ってそれもまた世界普遍の真理だと思うしね。
彼氏と倦怠期とわかるやニッコニコで煽ったり、かと思えば教師との不倫の現場を目撃して「なんでや!なんで俺やないんや!」と嫉妬を爆発させたり、大なり小なりみんなそうだったように片思いに一喜一憂する思春期男性の感情が描かれてる。
主人公には「フラれた時はあいつはヤリマンだったと言って次に行け」というDragon Ashのドラム・櫻井誠の至言を贈りたい。

▼色を使ったメタファーの演出
白と赤の使い方がとても味わい深い。主人公の中で膨らむ性欲と熱情が画面にも溢れてくるようで、白い糸、消化器、牛乳、雪と肥大したリビドーが最後には溶けてなくなり"赤"の中で恍惚とラストを迎える。愛の成就であり最も取り返しのつかない悲劇でも有る。
主人公が嫉妬を爆発させる場面で受付のおばさんに「止め方がわからないのぉ!!」なんて消化器の白濁液をぶちまけさせたりメタファーにしても割と身も蓋もない描写も多くて、バカバカしいんだけど笑えるところ。

▼人物の捉え方に見る作品のユーモアセンス
狂人を捉える演出が確かでそのものずばりではない方向からの変態性の描写にセンスが光る。
主人公は次は何をするのかと思わせてくれるスリリングなキャラクターでありつつたまにストレートに幼稚な嫌がらせが入ってきたり映画自体も面白くなりすぎた主人公が手に余ってる感じもあるんだけど、彼以外のちょこっとだけ出てくる人物までとても濃厚でそこに対して悲喜劇的な客観性のユーモアを忘れないバランスが可笑しい。
物語の向かっていく結末はクーリンチェと近いと思うのだけどこっちの主人公はただ初恋に敗れていくだけで家庭も時代も彼のアイデンティティやドラマに厚みを加えるわけじゃない。まあ一応家族は出てくるけど、お母さんっ子でヒロインに幻滅されるというそのくらい卑近な描写になってる。

減点で観るか加点で観るかで印象も変わると思うけど、良い意味で旧作ならではの面白さでも有ると思うしスコリモフスキの作品ももっと観たくなるとても良い機会だった。

★★★★★★★ / 7.0点


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