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映画レビュー:No.654 恋人たちの予感(原題「When Harry Met Sally...」)

恋人たちの予感
96分 / アメリカ
公開:1989年7月21日(日本公開:1989年12月23日)
監督:ロブ・ライナー
出演:ビリー・クリスタル
メグ・ライアン
キャリー・フィッシャー
ブルーノ・カービー





この記事はネタバレを含みます。ご了承ください。




友人にオススメしてもらったKid Fresinoが良すぎてまいる。

▼「恋愛映画」ではなく「恋愛についての映画」
僕はこういう「恋愛についての映画」がすごく好きで。それは生きるということと愛し愛される実感、そういう自己承認は切っても切り離せないから。
生物学的にそういうものだ、とかそういう小難しい話ではなく誰だって実感として分かる程度には誰かのことを好きになったことあるものだと思う。そうじゃなきゃ古今東西男女がくっついては別れる話がここまで求められない。
厄介なことに人はつがわないと生きていけないわけです。

▼男女の友情は成立するのか?という永遠の命題
「男女の友情は成立するのか?」という人類永遠の命題がテーマ。僕個人としては至ってありきたりでナンセンスな答えになってしまうけれど「そんなの相手によるし、仮に誰にでも成立するとしたらそれは暫定的なものだ」という立場を取ってる。
こういう議題に対して極論で決着をつけたがる人は多いけど人間関係のバランスなんて恋愛に限らず理性が働いているうちは安定するし、少なくとも僕は誰かれ構わず無条件で欲情できる猿じゃない。
ただ男女に限らずどの関係だって恋愛的感情に変わっていく可能性はあるし、それも含めて理性の上で成り立っている友情も世の中にはゴマンとある。それを欺瞞と言ってしまう人はそりゃあ異性の友人は出来ないだろうけど、僕の場合はわざわざ成立しませんなんて決着をつける必要に迫られたことがないもんでそうなると恋人じゃなければ友情以外に表現のしようがない。
酒の肴にしてはつまらない解答になってしまうけれど、結局僕はとことんリアリストなのだ。
男女の友情は成立するよ。なぜなら僕たちは理性的な生き物だから。

▼不確定で可変的な人間の心模様
合間合間に老若様々なカップルのごくごく簡単な馴れ初めインタビューを挟みながら主人公二人の関係の満ち干きをゆっくり描いていく構成。ドラマのパートの描き方は「お互い恋愛対象ではありません」というフラットなスタートから徐々にその時その時の男女それぞれのスタンスを観客だけがわかる情報として提示していく作りになっている。
終わった後に振り返ればいかにも運命的な物語のようだけれど現実は大概偶然のタイミングや不確定な要素ばかりだし、物語っていうのは単に後からバラバラの解釈をすり合わせたものでしか無い。結果的にはいかにも始めからこうなるように見えた関係だって、いかに不確かで可変的なものの中からたまたま巡り合った可能性なのかということがわかる。
もちろんある人にとって「あの時あなたは私のことが好きだった」という解釈は一つの真実と言えるし、例え裏側に気持ちがあっても何も起こらなかったなら二人には何もなかったという事実がそのまま真実になる。
ほとんどの場合現実なんてそういうもので、だからままならないし、だから尊いとも言える。

じゃあこの映画で主人公二人はどこから、もしくはどの場面では相手を恋愛対象として意識していたのか人に聞けば、多分十人十色の解釈があるだろう。きっとそれは全て正しくて全て間違ってる。
少なくとも観る人は自分の恋愛観やセクシャリティに置き換えて色々考えるだろうし、そこから導き出したものを「男女の友情」という命題の自分なりの解釈に役立てればいい。
この映画の主人公たちもそうなのだけど人間関係といういかにも不定形な物を始めから「こういうものだ」という定義にはめ込んで捉えるから身動きが取れなくなる。結局その時になってみないとわからないのだから可能性の前では柔軟であったほうがいいと僕は思う。
だってみんな本当は愛したいし愛されたいわけでしょ。

★★★★★★★☆ / 7.5点



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