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映画レビュー:No.665 愛せない息子(原題「Hjertestart」)

愛せない息子
103分 / ノルウェー
公開:日本未公開(トーキョーノーザンライツフェスティバル2018にて観賞)
監督:アーリル・アンドレーセン
出演:クリストッフェル・ヨーネル
クリストッフェル・ベック




業務用スーパーのチュロスが素晴らしいコストパフォーマンスを見せている。

▼父子について
狭義の父親論の話かと思いきや広義の大人と子供の関係性の話。
母性本能という言葉があるくらいで個人的には女性は性善的に母親になるべしという遺伝子を持ち合わせているものだと思ってる。ましてやお腹を痛めて産んだ子供ならそれだけで絶対的な結びつきを感じるものなのかもしれない。
一方で男性はというと「そして父になる」という映画があるくらいで子供との関係性はどうしても後から築いていかないといけない。出産も出来なければ母乳をあげることもできない。子育てにおいて生物学的に重要な存在の母親に対して父親という概念は捉え方が難しい。
そういう意味で妻を亡くした父親が子供に対して愛を持てない事を悩む、という話は「男としてそういうこともあるかもしれん」という程度に他人事ではないし、語弊を恐れず言えば興味深い題材だなと思うわけ。

▼「養子」という設定~過剰な物語的負荷
ただこの映画の場合主人公と息子の関係性にはもう一つ「養子」という設定が加わる。
生物学的に父親になることと養子縁組して子供を迎え入れることは全然違うしこの映画の場合はそもそも養子縁組にあんまり乗り気じゃなかったんだけど母親が死んでいよいよ嫌になった、というそれは父親論ではなく個人の人間性の問題だろうと思うので、正直この設定一つでテーマ的にはだいぶ狭いところに行ってしまった。
「養子だから相容れない」、「母親が死ぬ」という設定はどちらかだけで充分物語に必要な負荷を生み出せる。映画は養子という設定ありきの物語展開になっていて単に飛躍のために設定を用いたのだと思う。
それはちょっと発想としてどうなんだろうかと感じなくもない。

▼正しさの逆を行く主人公のアンチカタルシスな面白さ
そういう前提を除けば二幕目以降に「もうほんと無理だから実の母親探して返すことにしよう」と主人公が息子を連れて北欧からコロンビアに飛ぶという展開はギョッとする面白さがある。
倫理的にも制度的にもそんなのまず無理だろうと思うのだけれど、ひたすら息子と向き合わない彼の必死さによって微妙に何とかなりそうな可能性を残す物語展開が絶妙にアンチカタルシスな引っ張りになってる。
映画の中では、何なら作り手すら「妻との死別」という事情を同情的に思っている節があるけど、それによって得られる自己正当化の範疇には全然収まってなくてかなり見苦しい。
息子との関係を責められたり旅の目的がバレかけたり、主人公は立場が悪くなるとここぞとばかりに「妻は死んだの!」というカードを切る。そんなこと言われた相手は何も言えなくなってしまって結局事なかれ主義的に旅は続く。
ここらへんのねじ伏せロジックの大人げなさが見どころ。

▼ストーリーテリングのバランス
そんな彼が「父親らしい振る舞い」を意識しだすキッカケや感情の積み重ねを不意のやり取りやちょっとした出来事に織り交ぜる辺りはわざとらしくなさが逆に良かったりもしたんだけど、そういう大事なやりとりの後にまたものすごくわざとらしい障害の描写があったりして、前述した設定の欲張りも含め最後まで作り手のそういうちょっとした過剰さと噛み合わない手触りだった。
話のボコボコなっているところをならしたら多少地味になろうがもう少し良い映画という印象を持ったかもしれない。子役の活躍が必須の題材とあって演出的には凄い上手だったし、フィクションと割り切って観るかどうかという結局は好みの問題なんだろうとは思う。

★★★★★☆ / 5.5点

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