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映画レビュー:No.669 ハートストーン(原題「Hjartasteinn」)

ハートストーン
129分 / アイスランド、デンマーク合作
日本公開:2017年7月15日
監督:グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン
出演:バルドル・エイナルソン
ブラーイル・ヒンリクソン
ディルヤゥ・ワルスドッティル
カトラ・ニャルスドッティル
ヨゥニナ・ソールディス・カルスドッティル







ネタバレはありません。


理髪店のシャンプーがユーロスペースのロビーと同じ匂いだった。ベルガモットハーブという香りらしい。

▼映写という仕事
一生懸命映写の仕事を覚えた甲斐あってついに映写チェックを回してもらえるようになった。映画が観ることで時給が発生するなんて最高。
とはいえ映写をやっていると普段さらっと利用する他の映画館にも本当に頭が上がらなくなる。当たり前だけど色んな人が関わって映画が観れてるわけだ。映画をお客さんに届ける仕事っていうのを初めて意識した。そういう微に入り細に入りの苦労を知ると映画館のホスピタリティに寛容にならざるを得ない。
もちろんお客さんは映画館の事情なんて気にする必要はないよ。というかそういうのを気にさせないのが良い映画館。

▼物語の舞台と二人の主人公
旧作なのだけど珍しく観るに至るまでタイトルもビジュアルも全く知らなかった。監督はグズムンドゥル・アルナル・グズムンドソンという非常にグズグズした韻を踏む名前の人。長編デビュー作らしい。

第二次性徴を迎えたソールとそんな彼に密かに思いを寄せる親友のクリスティアンが主人公。登場人物の感情的な変遷を辿る静謐な物語なのだけど、演出がとっても丁寧で想像以上に良い映画だった。
東アイスランドの漁村が舞台なのだけど、これがいかにもアイスランドというパノラマ。要は大自然以外なんにも無いところ。
村人は全員知り合いで惚れた腫れたは瞬く間に広まる。抑圧的な家庭やいじめっ子の存在と、主人公たちのコンプレックスや孤独、心の奥の方にあるほんの小さな痛みが行き場をなくしてちょっとずつ広がっていく。

▼ソール~マチスモに対するコンプレックス
ソールには好きな子がいるのだけど末っ子長男で姉二人から常に男としての自尊心を傷つけられまくってるので自分の性欲と素直に向き合うことが出来ない。
シコろうとしたら姉に覗かれるわ、好きな子の部屋でのお泊まり会でオネショ漏らすわと男性として中々に同情的な場面が続く。
ただ彼の悩みは単に童貞という以上に複雑で根が深い。それを解消したら解決するほど単純なものではないという辺りの事情を冒頭から真綿で首を絞めるようにじっくり描いていくのがとても良い。
親友もいるし恋路も順調に進んでいく彼には家族という大きな欠落がある。父親という男としてのロールモデルが無く女家族にアイデンティティを否定される中で「一人前の男」というマチスモ幻想をパンパンに膨らませている。第二次性徴という否応なしの成長を前にして自分がこの先本当に何者かになれるのかどうかをとても恐れている。
彼はいつもブリーフ一枚で寝てて朝そのまま起き出してくるのとか情けなくて可笑しいんだけど、そういう子供と大人の過渡期にいるという設定の示し方も凄く上手いと思う。

▼クリスティアン~セクシャリティへの葛藤
対するクリスティアンは村の保守的スタンスを象徴するような「これぞマチスモ!」という父親に育てられたので、そういう価値観に対して強迫観念がある。
それでも彼はどうしてもゲイである自分を意識してしまって葛藤する。村全体の不寛容に関しては冒頭からガンガン逃げ道を潰していくので彼が自分のセクシャリティを自覚していくほどに映画はどんどん息苦しい。
なんせ思いを寄せる親友のソールこそがマチスモに対するコンプレックスをこれでもかとこじらせている人物なので、とにかく打つ手なしのとことん報われない恋愛をしてる。
超一生懸命自分を殺してるんだけどそれでも感情が滲んできてしまう、そんな彼の態度が切ない。

▼この悲しい世界で生きる、という事を肯定するなけなしの希望
自分の一番大事な部分をわかってもらうことは難しいし自分と他者の間にはどうしても埋められない断絶がある。それはもしかしたら動かしがたい普遍的事実で、それが普遍的であることは僕達にとって絶望なのかもしれない。
そりゃあみんなが受け入れられれば全部が丸く収まる。ソールとクリスティアンがくっつきました、といけばそりゃあめでたしめでたしだよ。でも人間の感情は理屈じゃないし、わかってくれと言えばわかってもらえるわけではない。

でも僕たちはみんな違うからこそ誰かと繋がりたいと思うのかもしれない。
ラストシーンはこのどこまでも悲しい世界のなけなしの希望のように映った。希望が捨てられないから悲しい出来事が起こるのかもしれないけど、それでも希望っていうのは必要なんだろうと思う。
僕たちは僕たちとして生きていくしかない。孤独の中で絶望と戦う人への祈りのような余韻。

★★★★★★★ / 7.0点



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