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映画レビュー:No.678 15時17分、パリ行き(原題「The 15:17 to Paris」)

15時17分、パリ行き
94分 / アメリカ
公開:2018年2月9日(日本公開:2018年3月1日)
監督:クリント・イーストウッド
出演:スペンサー・ストーン
アンソニー・サドラー
アレク・スカラトス
ジュディ・グリア
ジェナ・フィッシャー







バッシュを新調した。めっちゃかっちょいいけど靴擦れがヒドい。

▼イーストウッドの作家性から見る登場人物のパーソナリティ
本作もイーストウッドの作家性である「男らしさが揺らぎ、問い直される話」なのだけど、今回は肯定の方向。
自分の力を平和のために活かしたい!なんて大義名分を抱えて軍隊に入隊したけれど、何かを守るために力を使うことなんてほとんどなくマッチョイズムを持て余しているスペンサーくんが便宜上本作の主人公。
武力という物理的な強さがほとんど意味を持たない時代。インスタグラムを使いこなせて、パーティで踊れて、異性と円滑にコミュニケーション取れるかどうかが男らしさを図る指標になってる。肉体的強さが役に立つ場面なんてほとんどない。

▼劇的な機能性をあえて排した脚本
実話を踏襲することに徹底しているのか彼らのバックボーンにドラマ的な積み重ねが全然なくて、作品自体もそこをわざわざ盛ったり補ったり映画らしい脚色を持ち込むようなことはしないのでぶっちゃけ説明としても伏線としても物語的機能がめちゃめちゃ弱い。
普通はもっと「電車でテロリストと遭遇して取り押さえた」という出来事に向けて後から考えたらあれが大きな意味を持っていたんだ!と観客がカタルシスを感じるように因果関係を回収していくと思うのだけど、いかにもこれが後々効いてくるんだろうと意味ありげに描かれているセリフや人物も次のシーンであっさり事後として処理してしまう。
その覚えてたり、覚えてなかったり、後々に影響があったり、特に意味もなかったりっていうのは実人生の記憶の在り方そのもので、この映画の旅程もそのくらい断片的なものなんだけど、それにしても日常描写の取捨選択とかモンタージュ感覚とかすっごい変で劇映画に慣れているこちらのリテラシーを揺さぶってくる。

▼物語として語り直すことで生まれるメッセージ~事後から振り返る人生の教訓
その脚本としては反則的な無意味さ、偶然の積み重ねという印象が映画の裏側にある実際の彼らの人生のかけがえなさをむしろ際立てていて、クライマックスに結果論としての物語という「映画として語り直す」ことで訴えられる実人生の教訓を浮かび上がらせるような感動がある。
誰だって未来のことはわからないけれど、自分が必要とされる瞬間のために自分を磨いておくことはやっぱり大事なんだと思った。常にストイックである事はできないけれど、努力をする時に過去は今のためにあって、今は未来の糧になるということを信じていないといけない。
誰だってどんな形かはわからないけど人生で一回あるかないかの超大事な運命の分かれ道に次の瞬間立つかもしれない。その時に過去のほんの小さな怠慢とか、妥協とか、やれば出来ただろうに頑張りきれなかった経験とかが結果に影響してしまったらそりゃあ悲惨な後悔を生んでしまう。
この映画は余計な描写を全部削ぎ落として芯だけを抜き出せば、誰かを守りたいと続けた努力がついに役に立って報われるという自己実現の話なわけで、そのために今できる努力と信念を貫けというストレートなメッセージを感じる。

★★★★★★★ / 7.0点



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